カバーイラストはいまいち
ストーリーの引用
早朝の教室で、高校生中町圭介は死んでいた。コピーの遺書が残り、窓もドアも閉ざしてある。しかも異様なことに四十八組あったはずの机と椅子が、すべて消えていた。級友工藤順也がその死の謎に迫るとき次々現れた驚愕すべき真相とは?精緻な構成に支えられた本格推理の力作。
いかにもな推理小説ってもう随分読んでなかったんだけど、小説に赤ペンで印をつけながら、夢中になって読んでしまいました。面白い小説があると、電車の往復が楽しみになるんだよね。人間って面白い生き物。
面白かったり、気づいたポイントは3つ。ネタバレはないですけど、頭のいい人なら、この本はどの程度の深読みで読んだらいいかって分かるようには書いてるんで、気をつけてくださいね。

競馬用の赤ペンは書き心地がいい
@主人公がいかにも京大生作中で、読者の分身となっていろいろ推理を巡らせる主人公が、頭でっかちで、理屈っぽくて、空気読めなくて、まさにいかにも京大生っぽい。例えば、女の子の前になると普通に話せなくて敬語になっちゃったり、無駄に教師に反抗的だったりで。。。主人公だけならいいけど、登場人物もかなり痛い奴らで、大人がオトナじゃない。凄い子供っぽい。 それもそのはず、作者は、作品が書かれた1987年当時23歳で、ミス研に在籍していた現役の京大法学部生。舞台となる高校が作者の出身校と同じのようで、主人公は作者の投影っぽいし、人生経験も薄め。
その痛いっぷりが全面的に押し出されてて、一般読者からすれば気持ち悪いと思うのですが、京大生に触れる機会のあった僕としてはそれが懐かしくて懐かして・・・。青臭い内容も京大生が書いているのだとしたら許してしまいます。

京大の人って頭いい人多いよね
Aミステリー小説をメタ的に見てたり、一部ミステリーでなかったり
というわけで、主人公が痛い奴なために、周りから馬鹿にされてたり、変な方向に推理していくんだけど、その過程がちゃんと伏線になってちゃんとミステリーになってる。ミステリー読者からすれば、論理とか理屈重視の主人公っていうのは、結構良い所をついていて、自分と一緒に推理できている気になれるんだけど、論理で推理した結果が要所要所でモノの見事に否定されるのです。主人公自体がコマに過ぎず、ミステリー小説ってこういう感じだよね、だけどそれって現実考えてみるとそうとも言い切れなくない?って話になっていて、推理小説をメタで見てるのが分かるのと、論理が感覚に敗れるという様を自己批判的に書いていて(最後のあとがきも含めて)、久々に同じ世代として(作者は今はもうおっさんですけど)嫉妬してしまいました。
Bどこが伏線になっているか自分が理解できたという点
赤ペンでチェックしながら本読むのが好きなんだけど(ジャンプなんか時々赤ペンチェックしますし(あ、この書き方はコイツ必殺技隠してるなとかでチェックして次の週で当たっている事を確認したり)、少女小説が理解できなかったんでマリア様がみてるも赤ペン引いてひたすら文化を勉強してました)、今回の小説は自分がちゃんと違和感感じたポイントとか伏線っぽいところがかなりの割合(7〜8割?)で、ヒットしていたのが、ストーリーの読み手として自分が成長してるなーって実感できて良かったです。
ただ、まあ、京大ミス研の人が書くミステリーは、始めに結論ありきで、どうしたら複雑になるかっていう構造を意識したものになってるから(数学の問題と同じ)、分かりやすいっていうのがあるのだろうけど。

ノーカット版も出てる。比較するといいかも
以上こんな感じ。相変わらず無駄に長い書評だ。


ミステリーを読むようになったのは友人の勧めだったのですが、最近では友人よりも読むようになりました(苦笑)
「密閉教室」夢中で読んだ記憶があります。伏線を知らず知らずに踏んでいることを後になって気づく。それが夢中で読んだ理由でしょうか。
これからも日記楽しみにしています。またぜひお話をお聞かせください。失礼します。
人生の美味しいとこどりができる感じというか。